Kobe University

[農学研究科] 植物の高温耐性を高める物質を特定 協力農家でイネ、トマトなどへの実効を証明

2015年01月27日

神戸大学大学院農学研究科植物機能化学研究室の山内靖雄助教、國嶋幹子院生、水谷正治准教授、杉本幸裕教授の研究グループは植物由来の化学物質「2-ヘキセナール」が植物の高温耐性を誘導することを世界で初めて突き止めました。この研究論文「反応性短鎖緑葉揮発性化合物は強力な非生物的ストレス応答遺伝子発現誘導物質として作用する」*が1月26日10時 (ロンドン時間) にNatureが発行する科学雑誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。ポイントは以下の通りです。

ポイント

  1. 植物は本来、高温耐性機能を持っている。この機能は普段はスイッチがOFFになっているが、高温時にONになる。高温耐性機能をONにする情報伝達物質を特定することで人為的に植物の高温耐性機能をコントロールできるのではと考えたのが研究の端緒。
  2. 高温耐性機能は活性酸素処理によってもスイッチがONになると知られる。そこで活性酸素によって植物内の脂肪酸が酸化されてできる化合物が引き金になっているのではと仮定し、実験により「2-ヘキセナール」がその物質であると突き止めた。
  3. 高温耐性を遺伝子組み換えでないやり方で獲得した。遺伝子組み換え作物に対する受容度が低い我が国では受け入れられやすい。
  4. 植物由来の物質なので作物への散布に抵抗感が少ない。
  5. 協力農家での実証実験でイネ、キュウリ、トマトなどへの効果を確認。
  6. 「植物の高温耐性誘導剤および高温耐性誘導方法」 (特許番号5608381) で2014年9月に特許取得済み。

研究の背景

地球温暖化による気温の上昇が引き起こす植物の高温障害が地球規模で大きな問題となってきています。日本でも毎年のように夏期の農作物の高温障害が報道されています。そのため遺伝子組換え技術を用いて植物の高温耐性を高める試みがなされていますが、遺伝子組換え作物に対して受容度の低い日本では実用化が難しいのが現状です。そこで、生産者、消費者ともに受け容れ可能な他の方策が求められています。

本研究の着眼点

植物は元来、高温に対抗するための耐性機能を持っています。この機能は普段はスイッチがOFFになっており、高温時にONになります。そこで高温耐性機構をONにする情報伝達物質を特定することにより、人為的に植物の高温耐性能をコントロールすることができるのではないかと考えました。また目的物質は植物由来 (植物がもともと作り出しているもの) ですので、応用に対しても抵抗感は少ないのではないかとも考えられました。

研究内容

高温耐性機構は高温処理だけではなく、活性酸素処理によってもスイッチがONになることが知られています。そこで活性酸素により生体膜が破壊されてできる化合物がその引き金となっているのではないかと仮定しました。その結果、膜脂質が酸化分解されてできる反応性の高い揮発性化合物が、強い高温耐性誘導能を持っていることが分かりました。その中には、緑葉の匂い成分の一つである2-ヘキセナールが含まれています。

2-ヘキセナールの植物への処理は、密閉できるプラスチック容器に試験植物を入れ、1~10 nmol/cm3の濃度となるように揮発させた2-ヘキセナールを吸収させることによりおこないました。処理してから30分後に植物をサンプリングし、遺伝子解析、タンパク質解析などをおこない、2-ヘキセナールの植物体への影響を精査しました。また2-ヘキセナール処理により植物が高温耐性を獲得したことを、生理学的な実験により解析しました。

  • 図 (A) 本研究で明らかにされた高温耐性を誘導する化学物質の、生体内で生成してから高温耐性を誘導するまでの流れ。外部から2-ヘキセナールを処理することにより、生体内の反応を真似て高温耐性を誘導することができる。
  • 図 (B) シロイヌナズナを用いた高温耐性誘導の実施例。

また、農業現場での試験も実施しています。

  • トマト: 茨城県、平成26年6月~7月実施
  • キュウリ: 茨城県、平成25年6月~7月実施
  • イチゴ: 茨城県、平成25年6月実施
  • イネ: 熊本県・佐賀県、平成26年8月~10月実施

トマト、キュウリ、イチゴとも、2-ヘキセナール処理により、葉の高温障害 (葉の日焼け) が減少しました。またキュウリでは、収穫できる期間が2週間延長され、収穫量も増えました。

イネでは、2-ヘキセナール処理により収穫した米の整粒歩合 (きちんと整った形をした米粒の割合) が上昇しました。

将来への展望

本研究では2-ヘキセナールを植物に処理すると植物の高温耐性を高めることができることを示しています。2-ヘキセナールは葉から放出される、私たちにとってとてもなじみの深い匂い物質ですので、農家、消費者ともに使用に対する抵抗感のある化学物質ではありません。また高温耐性機構は植物に普遍的に存在しますので、多くの作物に応用可能であると考えられます。現在、農業資材会社 (株) ファイトクロームと共同で農業現場で簡便に使用できる応用技術の開発に取り組んでおり、将来的には農作物の夏期の高温障害を克服することを目指しています。

参照リンク

(農学研究科、広報室)