伊豆諸島は、大陸や日本本土と一度も陸続きになったことがない海洋島で、花粉の運び手 (送粉者) となる昆虫の種数が少ないことが知られています。特に伊豆大島を除く伊豆諸島では、日本本土における重要な送粉者であるマルハナバチが分布していないことが大きな特徴です。

そこで神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授の研究チームは、マルハナバチが主な送粉者であるはずのアケボノシュスランが、なぜ伊豆諸島の一つである神津島で分布しているのかを詳しく調査しました。その結果、神津島の「アケボノシュスラン」は日本本土のものよりも花筒 (花の筒状になっている部分) が短く、蜜を吸う器官である口吻が短いツチバチが送粉者であることが確認されました。さらにDNA分析で、神津島の「アケボノシュスラン」は、短い花筒を持つシュスランとの雑種であることが明らかになりました。つまり、神津島の「アケボノシュスラン」はシュスランと雑種を形成することで、口吻の短いハチに受粉を託す能力を獲得していたと考えられます。本成果は、海洋島における新種誕生メカニズムや世界的に問題となっているマルハナバチの減少が生態系に与える影響について、重要な示唆を与えるものです。

本研究成果は、10月18日 (日本時間) に、国際誌「New Phytologist」にオンライン掲載されました。

図1. 今回の研究で示されたアケボノシュスランとその近縁種シュスランおよびそれらの送粉者の関係性

日本本土ではアケボノシュスラン (右図上) とシュスラン (右図中) は、それぞれ形態がマッチするマルハナバチの仲間とツチバチの仲間に送粉されている。一方で、神津島 (赤で強調) ではマルハナバチが不在のため、両種ともにツチバチに送粉されており、「アケボノシュスラン」は全て雑種に置き換わっていた (右図下)。(イラスト:安斉俊)

ポイント

  • 伊豆諸島の神津島において、マルハナバチの生息していない環境が、本来マルハナバチに依存する植物 (アケボノシュスラン) の進化にどのような影響を与えているのかを研究した。
  • 神津島のアケボノシュスランと考えられていた植物は、実はすべてアケボノシュスランとシュスランの雑種であった。この雑種化がマルハナバチの不在環境での存続を可能にした主要な要因であると推測される。
  • マルハナバチをはじめとする送粉者の減少は世界的な問題となっている。本研究は、マルハナバチの減少が、植物の進化ひいては生態系に及ぼす影響を理解する上で重要な成果と言える。

研究の背景

大陸と陸続きになった歴史を持たない海洋島は、進化研究に適した自然の実験室として、古くはダーウィンの時代から生物学者を魅了してきました。海洋島は、大陸の陸地から完全に隔離されているため、漂着した生物種のみが島の生物相を形成します。この特性により、海洋島では大陸から遠ざかるほど、定着可能な動植物の種数が減少することが確認されています。

被子植物の多くは、送粉者と呼ばれる動物に依存して受粉を行いますが、孤立した海洋島では送粉者の多様性も限られています。例えば、伊豆諸島は一度も大陸や日本本土と陸続きになっていない海洋島で、日本本土から遠くなるにつれて送粉者の種数が減っています。特に注目すべきは、日本本土における重要な送粉者であるマルハナバチが、日本本土に最も近い伊豆大島を除いて分布しないことです。このことは、植物の繁殖に影響を与える可能性が高いでしょう。

実は、現在マルハナバチをはじめとする送粉者が世界的に減少しており、大きな問題となっています。しかしマルハナバチを除去するような実験は、環境や倫理的な理由から行うことが難しく、その影響を正確に判断することは困難です。このため伊豆諸島のようなマルハナバチがもともと存在しない場所での研究は、マルハナバチの減少が植物や生態系に与える影響を理解する手がかりにもなると期待されます。

研究の内容

このような状況を踏まえ、末次健司教授、大阪公立大学附属植物園の廣田峻特任助教、森林総合研究所多摩森林科学園の設樂拓人研究員、ふじのくに地球環境史ミュージアムの早川宗志准教授らの研究チームは、アケボノシュスランというラン科の植物に焦点を当てました。先行研究により、日本本土に生息するアケボノシュスランは主にトラマルハナバチというマルハナバチによって花粉が運ばれることが確認されていました。しかし興味深いことに、伊豆諸島の神津島では、マルハナバチが生息していないにも関わらずアケボノシュスランが自生していることが明らかにされています。この事実は、神津島のアケボノシュスランが日本本土とは異なる戦略を進化させている可能性を示しています。

そこで、私たちは、本来はマルハナバチを花粉の運び手とするはずのアケボノシュスランが、神津島で分布を可能にしている要因を探るため、その生態や形態を詳細に調査しました。まず、花に訪れる昆虫を観察すると、日本本土においては確かにアケボノシュスランの花粉はトラマルハナバチによって運ばれていました。一方、神津島で生育している「アケボノシュスラン」は、ツチバチという全く別の種類のハチに花粉を運んでもらっていました。さらに興味深いことに、日本本土でも神津島でもアケボノシュスランはしばしば花の形がよく似た近縁種のシュスランと共存していますが、シュスランは、神津島のアケボノシュスランと同じくツチバチに花粉を運んでもらっていることが判明しました。

一般に花と送粉者の関係において、花筒 (花の筒状になっている部分) の長さと蜜を吸う器官である送粉者の口吻の長さが対応していることが知られています。これは、もし両者の形態が適合していないと、花と送粉者の間で花粉の受け渡しが適切に行われないばかりか、送粉者にとっても蜜を吸いにくくなるためです。特に送粉者との相互作用で多様化したとされるラン科植物の場合、両者の形態に見事な対応関係が見られるケースが少なくありません。そしてアケボノシュスランやシュスランにもこのような対応関係が見られることがわかりました。具体的には、アケボノシュスランは長い花筒を持ち、口吻の長いマルハナバチに花粉を運んでもらっている一方、シュスランは花筒が短く、口吻の短いツチバチに花粉を運んでもらっていたのです。そして興味深いことに神津島の「アケボノシュスラン」は、シュスランほどではないものの花筒が短くなっていました。これは、マルハナバチがいない神津島では、短い花筒が適応的であったためと考えられます。

さらにDNA分析により、驚くべき事実が明らかになりました。神津島で見られたアケボノシュスランとされていた植物は、実はすべてアケボノシュスランとシュスランの雑種だったのです。つまりマルハナバチのいない神津島では、「アケボノシュスラン」は、ツチバチに受粉を託すシュスランとの雑種に置き換わり「絶滅」していたのです。この「絶滅」は、「そもそもマルハナバチがいないため、複数種の植物の間で別の送粉者 (今回の場合はツチバチ) の共有が起こり異種間での花粉のやり取りが増える」「長い口吻をもつマルハナバチがいないことで花筒が長いアケボノシュスランの形質が不利になる」という二つの要因が相乗的に作用し起こったと考えられます。つまり本研究から、マルハナバチが減少あるいは絶滅した場合、マルハナバチに依存していた植物が代わりの送粉者を採用できたとしても、もともとその送粉者に花粉を運んでもらっていた植物との雑種化が進み、結果として種の多様性が損なわれてしまう危険があることが分かりました。

その一方で、雑種化が引き起こす形態的な変化は、マルハナバチが存在しない海洋島での適応進化と捉えることもできます。今回の研究で、マルハナバチが生息していない神津島で、アケボノシュスランの遺伝子の一部が雑種化により存続していることが分かりました。雑種形成には、それぞれの種が長い時間をかけて獲得してきた形質を良いとこ取りし迅速に進化できるというメリットがあります。両親の有利な特徴を持ち合わせた「新種」を生み出す可能性のある交雑は、他の植物においても海洋島などの新たな環境に進出する際、重要な役割を果たしているかもしれません。

図2. 日本本土と伊豆諸島のシュスラン、アケボノシュスランとその送粉者

(A) 本土のシュスラン。
(B) 本土のアケボノシュスラン。シュスランと比べて花筒が長い。
(C) 本土のアケボノシュスランにやってきたマルハナバチ。長い口吻に付着した花粉塊を矢印が示す。口吻に対応し、花粉塊も長い。
(D) 神津島のシュスラン。
(E) 神津島の「アケボノシュスラン」。葉の形態や色は本土のアケボノシュスランとほぼ区別がつかないが、花筒は短い。
(F) 神津島の「アケボノシュスラン」にやってきたツチバチ。短い口吻に付着した花粉塊を矢印が示す。口吻に対応し、花粉塊も短い。
スケールバー: 30 mm (A–BとD–E)、15 mm (CとF)。

論文情報

タイトル
The absence of bumblebees on an oceanic island blurs the species boundary of two closely related orchids
DOI
10.1111/nph.19325
著者
Kenji Suetsugu, Shun K. Hirota, Takuto Shitara, Kenya Ishida, Narumi Nakato, Hiroshi Hayakawa, Yoshihisa Suyama
掲載誌
New Phytologist

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