北陸学院大学教育学部幼児教育学科のポーター倫子教授および神戸大学大学院人間発達環境学研究科の山根隆宏准教授は、テキサス大学健康科学センターヒューストン校との国際共同研究において、日米の自閉スペクトラム症 (ASD) 児をもつ母親を対象に「良い母親像」の調査を行いました。インタビュー調査の結果、日米ともに子どもを導くことが最も重要であると考える共通特性が示されました。しかし、文化による違いも明らかになり、米国の場合、子どものアドボカシー※1者としての役割を果たし、子どもが療育やサービスを受けられるようにし、ASDについて学び知識を得ることが重要視されました。一方、日本の母親の場合、子どもを受け入れよく知ろうとすること、子どもに合わせ、その視点を重視すること等、子ども中心の視点から適切なサポートを提供することが特徴として現れました。これはASD児の母親像における世界初の国際比較の研究成果です。今後、文化を視点にいれたASD児の親への支援方法について、新たな洞察を提供すると考えられます。

この研究成果は、1月24日に国際学術誌「Journal of Autism and Developmental Disorders」に掲載されました。

ポイント

  • 自閉スペクトラム児の母親像に焦点を当てた初の国際比較研究である。
  • 日本の母親像は、米国の母親像と同様に「子どもを導く」ことが最も重要視されていることがわかった。これは、子どもの将来の成功と自立を促すために導くこと、子どもに適切なサポートと学習の機会を提供すること等が含まれる。
  • 米国と比較して、日本のASD児の良い母親像には子どものアドボカシーに励み、自閉症について学ぶこと、子どもの療育・サービスの取得に積極的に取り組む姿勢がほとんど浮上しないことが明らかになった。日本の良い母親像は、むしろ子どもを受け入れ、見守り、理解しながら子どもに合った適切なサポートを提供することを特徴としていることがわかった。
  • 今回の研究を通し、それぞれの文化に根付いた良い母親像、特にASD児の良い母親を理解することで、母親にとって負担が少なくストレス緩和につながるような親支援プログラムを開発することができると考えられる。

研究の背景

自閉スペクトラム症 (以下、ASD) 児の母親は、高いストレスを抱えていることが広く知られています。この現象は、他の障害を持つ子どもを育てる母親よりも顕著であり、日本だけでなく他国でも同様の結果が報告されています。私たちは、ASD児の親のストレスに関する理解を深め、効果的な支援策を見つけるために、母親の役割に焦点を当てました。なぜなら、自分が理想とするあるいは社会が期待する「理想的な母親像」に近づくことが、ストレスを緩和する一方で、ギャップがある場合にはストレスを増加させる可能性があると考えたからです。特に日本では、「母性神話」が根強く存在し、子どものために自己犠牲を払う母親像が求められる傾向があり、これがストレスの一因とされてきました。このような背景から、まず第一歩として、ASD児の母親が考える「理想的な母親像」について調査することにしました。

これまでは、ASD児の母親像に関する研究が日本国内では行われておらず、国際比較研究も存在していませんでした。また、ASD児と一般の子どもに対する母親像の比較研究も全く行われていなかったため、これらの領域に焦点を当てて、研究を実施しました。

研究の内容

米国と日本のASDの診断を受けた2~12歳の子どもを持つ母親 (米国: 52名、日本: 51名) を対象にインタビュー調査を行い、a)「良い母であるとはどのような意味か」、b)「自閉症を抱える子どもにとって良い母親であるとはどのような意味か」を問いました。また、一般的な「良い母親」とASD児の「良い母親」の特徴について尋ね、それから得られた母親像をカテゴリー化しました。次に一般の「良い母親」とASD児の「良い母親」のカテゴリーの種類やカテゴリーに該当する研究参加者の数を日米間で比較し、検討しました。

調査の結果、日米の母親とも、子どもを導くことが最も重要な良い母親の特徴と考えていることがわかりました (表1)。これは、一般の母親像、ASD児の母親像のどちらにもみられる傾向でした。その他に顕著にみられた特徴としては、「受容する」「辛抱強い」「理解を示す」が挙げられました。

表1 国別・ASD児/一般別の「良い母親」のトップ5のカテゴリー

さらにASD児の「良い母親」の日米の違いを調べ、統計的に有意差がみられたカテゴリーのみを取り上げたところ、「子どもを擁護する」「自分で学び知識を身につける」「要求のバランスをとることができる」「辛抱強い」であり、いずれも米国の方が多くみられました (表2)。このことより、米国の場合、良い母親とは子どものアドボカシー者としての役割をもち、ASDについて積極的に学んでいくこと、また仕事や子どもの療育などの忙しいスケジュールをこなしていけるような能力が重視されていることがわかりました。一方、日本の母親の場合、有意差はみられなかったのですが、子どもを受け入れ見守り、理解しながら子どもに合った適切なサポートを提供することが重視されていました。

表2 自閉症児の「良い母親」の日米比較 (有意差があったカテゴリーのみ)

また、ASD児の「良い母親」と一般の「良い母親」との違いとして、米国では「子どもを擁護する」「自分で学び知識を身につける」母親像が、ASD児の「良い母親」として特に際立っていることが明らかになりました。それと対照的に、一般的な子どもの「良い母親」としては、「大事に育てる」が強調されていました。一方、日本の場合、ASD児の「良い母親」として特に顕著なのは子どもへの「理解を示すこと」であり、これが一般の「良い母親」と比べてより強調されていることが明らかになりました。

今後の展開

ASD児をもつ親を対象にさまざまなペアレントトレーニングが紹介されています。その中には、欧米で開発され、日本の文化に適するように検討され、導入されたものもあれば、日本で開発されたものもあるでしょう。しかしこの日米の母親像の差でみられるように、実際それぞれの国の母親がどのような母親を目指しているのかについては、かなり大きな違いがみられます。それらを考慮せずに親支援を行おうとすれば、理想と現実のギャップに悩む親が出てくるかもしれません。今後は、私たちの研究で示された日本の良い母親の特徴を踏まえながら、親支援プログラムを検討していきたいと考えています。

同時に、日本の良い母親像としてはほとんど挙げられなかった、子どものアドボカシー者としての役割を果たし、子どもが療育やサービスを受けられるようにしたり、ASDについて学び知識を得たりする姿は、自閉症療育や教育の中で、親がより主体性をもって子どもの援助者になるために必要な課題であるのかもしれません。また親が子育てに自信をもち、そのエンパワメントを育てていくためにも、日本文化に根づいた積極的な母親像についても理解が深まることを期待します。

用語解説

※1 アドボカシー

従来法律用語として、社会的弱者やマイノリティーの権利擁護や政策提言などの活動を意味する用語として知られている。福祉の現場では、自分の意思をうまく伝えることのできない対象者 (障害者、高齢者、患者、子ども、等) に代わって、弁護する、代弁する、サポートする、声をあげる、という意味で使われている。

謝辞

本研究は、国際交流基金日米センターと米国社会科学研究評議会の共催事業「安倍フェローシップ・プログラム」(研究課題:「自閉症児を養育する母親のストレス日米比較研究:ミックスド・メソッド研究」、研究代表:ポーター倫子 (ワシントン州立大学人間発達学科) 2015年) の支援を受けて行われました。また米国Landmark Charitiesの助成 (申請者キャサリン・ラブランド) を受けました。

発表者・研究者情報

北陸学院大学

教育学部幼児教育学科

  • ポーター倫子 教授

テキサス大学健康科学センターヒューストン校

マクガバン医科大学

  • キャサリン・ラブランド (Katherine A. Loveland) 教授
  • 本田帆奈 研究助手 (研究当時) (現:サウスウエスト自閉症研究資料センター研究員)

神戸大学

大学院人間発達環境学研究科

  • 山根隆宏 准教授

論文情報

タイトル

What is a good mother of children with Autism? A cross-cultural comparison between the U.S. and Japan

DOI

10.1007/s10803-023-06232-y

著者

Noriko Porter, Katherine A. Loveland, Hannah Honda & Takahiro Yamane

掲載誌

Journal of Autism and Development Disorders

研究者