神戸大学大学院人間発達環境学研究科の野中哲士教授、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのEnora Gandon博士、ディーキン大学のJohn A. Endler王立協会フェロー (FRS) らから成る国際研究チームは、フランス、インドのヒンドゥーコミュニティ、ムスリムコミュニティの3つの共同体における熟練陶工が、いずれの共同体でも作られていない土器の型式を手本とし、土器を複製する実験を行いました。実験の結果、普段作り馴れていない非伝統的な土器の形態であるのにもかかわらず、3つの共同体の職人たちが成型した土器の形とその形態発生の軌道から、それを作った個々の職人が属する共同体が定量的に識別できることが明らかになりました。今後、土器の形態等に見られる社会的パターンの生成について既存の見方を覆す新たな理解をもたらすことが期待されます。

この研究成果は、2月27日 (日本時間) に、米国科学アカデミー発行の科学誌「PNAS Nexus」に掲載されました。

3つの共同体の職人たちが土器を成型する様子

ポイント

  • 未知の型式を複製した土器に、個々の職人の共同体を識別可能とする定量的な形の差があった。
  • 土器の形態発生が辿る軌道からも、それを作った個々の職人の共同体を識別可能であった。
  • 新たな型式が異なる共同体に伝わる際、共同体間の型式の分岐が起こる一原理を明らかにした。

研究の背景

人間の集団がもつスキルや人工物は、個人を越えた集団としての傾向を示すとともに、世代を越えたある種の持続を見せます。こうした文化的特徴の持続と変化は、これまで二つの異なる理論で説明されてきました。ひとつは「二重継承理論」と呼ばれ、人間集団の持つ特徴を、ランダムな変異を伴う遺伝的及び文化的情報の複製と選択によって説明するものです。この理論では、ランダムな変異の蓄積と選択によって、生物学的特徴だけではなく文化的特徴の変遷も説明されます。もうひとつは、「文化アトラクタ理論 (cultural attractor theory)」と呼ばれ、文化的特徴の持続が「複製」の証拠とは限らないと主張します。例えば、ある共同体の発達環境において、知覚的注意の習慣、環境の認識の仕方、スキルにおける注意の向けどころなどが共有される場合、型式が継承される際に共同体特有の変換を被り、複製によることなく共同体特有の変異がおのずと安定的に生じる可能性があります。しかし、従来の文化進化研究は実験室課題やシミュレーションが主であり、考古学に直接示唆をもつ伝統的スキルにおいて、型式の伝達に伴う共同体固有の変換の方向性が存在するかどうかは未解明でした。

研究の内容

土器の伝播と受容にともなう持続と変化のダイナミクスは、人類の文化進化について知る上で重要な手がかりをもたらします。本研究の問いは、次のようなものです。新たな土器の型がある文化圏に伝わるとき、そこで生じる形態の変異は方向性をもたないランダムなものなのでしょうか、あるいは、共同体ごとに形態が独特の方向に変異を見せることによって、形態の分岐が後続する選択を経ずにも生じ得るのでしょうか。本研究では、フランス、インドのヒンドゥーコミュニティ、およびムスリムコミュニティの熟練職人21人に、普段工房で習慣的に制作している型式とは異なる型式の土器を制作してもらいました。その際、職人たちが未知の土器をつくる映像を記録し、この映像記録に楕円フーリエ解析と呼ばれる手法を用いて、土器制作におけるかたちの発生のプロセスを検討しました (図1)。

その結果、伝統的な型とは異なる、未知の形態の土器を成形する場合であっても、その形態にはそれを作った職人が所属する共同体を識別可能とする定量的な差があること、さらに、こうした文化差が完成形だけではなく、同一の土器がつくられる形態発生のプロセスがたどる軌道にも存在することが明らかになりました (図2)。この結果は、未知の土器の型が伝わってきた場合であっても、その型を受容した共同体の職人が作る形態の変異はランダムではなく、共同体を特定するような方向性をもった変異が実際に生じることを示すものです。

図1.普段作り馴れていない同一型の土器を (A) ヒンドゥーの職人6名、(B) ムスリムの職人6名、(C) フランスの職人9名が制作した際の形態発生の過程
図2.楕円フーリエ記述子の主成分から成る「かたち空間」における21名の職人が制作した土器の形態発生
(上段) ヒンドゥーの職人、(中段) ムスリムの職人、 (下段) フランスの職人 (左パネル) 陶器の完成形、(右パネル) 形態発生過程におけるかたちの変遷。左のパネルはそれぞれ右のパネルの完成時点の拡大図にあたる。記号は職人名を指し、同一色は同一職人による複数の試行を表している。
図3.実験風景
(左) ヒンドゥーコミュニティの職人たち、(右) ムスリムコミュニティの職人

今後の展開

考古学では土器遺物の形態等の分析を通して当該時期の文化の動態が記述されてきました。その一方で、土器の社会的なパターンの形成や、その安定した再帰を何が可能にしているという問題は未解明のまま残されています。これまで文化進化 (cultural evolution) をめぐっては、複数の異なる仮説が提示されてきました。本研究結果は,集団が成形する土器の特徴が、伝統的な型ではなくても安定して生じ得ることを示しており、例えば新型の土器の渡来などによって生じる土器形態の変異のダイナミクスについて、既存の見方を覆す新たな解釈をもたらす可能性があります。また、今回の手法とデータを用いることによって、作者不詳の考古学遺物群等について、作者の個性と共同体特有の形態発生パターンを独立して特定できる可能性があります。

謝辞

本研究はJSPS科研費JP21H05823、JP21KK0182、JP22H00988および神戸大学大学院人間発達環境学研究科「研究推進支援経費」の助成を受けたものです。

論文情報

タイトル

Cultural attraction in pottery practice: Group-specific shape transformations by potters from three communities

DOI

10.1093/pnasnexus/pgae055

著者

Tetsushi Nonaka, Enora Gandon, John A. Endler, Thelma Coyle, Reinoud J. Bootsma

掲載誌

PNAS Nexus

研究者