屋久島には樹齢1000年を超えるヤクスギが生育しています。その樹上には、幹の分岐などに葉が堆積し、分解が進んでできた土壌があり、ここに多様な無脊椎動物が生息していることが分かりました。これらの動物の組成は、地表のそれとは大きく異なっており、貴重な生物多様性だといえます。

屋久島は、豊かな生物多様性を持つことで知られる世界遺産です。中でも樹齢1000年を超えるヤクスギの森は、この島の自然を象徴する生態系です。ヤクスギのような巨木の樹上は未知の生物多様性に富んだ場所とされていますが、実際の調査は困難です。

本研究グループは、このヤクスギに登り、樹上に発達した「林冠土壌 (枝や幹の分かれ目などに樹木の葉が堆積し、長い年月をかけて分解し堆積したもの)」のサンプルを採集しました。これを、DNAメタバーコーディングという遺伝子解析技術を用いて調べたところ、この土壌から極めて多くの無脊椎動物が検出されました。その多様性は高く、地表の土壌動物にも匹敵するものでした。しかし、検出された科の組成は大きく異なっており、林冠土壌には、地表とは異なる生物相があることが明らかになりました。さらに、樹齢300年程度の若いスギについても調べたところ、林冠土壌の堆積量は少なく、検出された無脊椎動物の科や目の数も少ないことが分かりました。

ヤクスギは、江戸時代に激しく伐採され、現在屋久島に残っているのは、主に、木材として価値がないとされた樹木です。しかし、伐り残されたヤクスギの樹上には、林冠土壌が発達し、そこは小さな生き物たちが集う貴重なすみかとなっていました。

老齢で大きな樹木が生育する森林は世界的に減少しています。本研究は、そのような森林が持つ生物多様性の価値を新たな視点で捉えなおす成果といえます。

研究の背景

屋久島のヤクスギは、樹齢1000年を超える老齢の樹木です。幹の直径は1m以上にも達し、上部にはどっしりとした太い枝が広がっています (図1)。こうした空間は、林冠 (りんかん) 注1) とも呼ばれ、多くの生き物のすみかとなっていますが、調査が難しい点が課題でした。本研究では、ヤクスギの樹上にロープとクライミング機器を使って登り、枝や幹の合間に堆積し、長い年月をかけて分解し堆積した林冠土壌 (りんかんどじょう) 注2) に生息する生き物を調べることとしました。土壌というと、私たちは普通、地面の土を思い浮かべますが、ヤクスギ林では木の上にも土壌と呼べるものがあるのです。

図1. 調査を行ったヤクスギ林と林冠土壌の様子 a. ヤクスギ林の林冠、b. 老齢木 (推定樹齢1000年以上)、c. 若齢木 (推定樹齢300年程度)、d. ヤクスギの老齢木の樹上に着生した植物 (この下部に林冠土壌が堆積している)、e. ヤクスギの老齢木の樹上に堆積した落ち葉と着生植物、f. ヤクスギの老齢木の落ち葉の下に堆積した林冠土壌、g. 若齢木の枝に堆積した林冠土壌 (老齢木に比べて堆積量が少ない)。

研究内容と成果

調査は、屋久島にある小花山試験地にて行いました。本試験地内のヤクスギのうち、樹齢1000年以上と推定される老齢木5個体と、江戸時代に伐採された後、新たに成長した樹齢300年程度の若齢木4個体を選び、これらに登って、樹高約10~27mの地点から林冠土壌を採集しました。さらに各調査木の近隣で、地表の土壌を採集しました。採集後、ツルグレン法注3) を用いて土壌内の無脊椎動物を抽出し、ミトコンドリアDNAのCOI領域注4) を対象としてDNAメタバーコーディング解析注5) を実施しました。検出された塩基配列を調べたところ、採集サンプル全体から、33目183科の陸生無脊椎動物の配列が検出されました。このうち老齢木の林冠土壌からは、1サンプルあたり約12目28科の生物群が検出され、地表の土壌の値 (約11目32科/サンプル) に匹敵するほど多様な種類の生物が生息していました。一方、若齢木は林冠土壌の堆積量が少なく、無脊椎動物の多様性 (約9目11科/サンプル) が低いということも分かりました。また、樹上で検出された生物群の組成は、地表のそれとは異なり、樹上独特の生物多様性を有していることが明らかになりました (図2)。これらの結果から、ヤクスギの林冠土壌には、地表土壌の生物相とは異なる豊かな生物多様性があることが示されました。

図2. 検出された科の組成の比較結果 各点は、解析した個々のサンプルに対応しており、近くに配置されている点ほど、検出された科の種類が類似していることを示している。凡例の色と形の違いは、各サンプルの採集地点の違いを示す。この図では、樹上と地表の採集地点の凡例が離れた位置に表示され、重なりがほとんどないことから、科の組成が大きく異なることが分かる。

今後の展開

屋久島のヤクスギ林のような老齢で大きな樹木が生育する森林は世界的に減少しています。1000年という長い年月を経て形成された林冠の土壌生態系は、まさに森のレガシー (遺産) であり、本研究は、そのような森林が持つ生物多様性の価値を新たな視点で捉えなおす成果といえます。このような林冠の生物のすみかを確保し、次世代の森に継承するためには、まず、現在存在する老齢林を確実に保全していくことが重要であり、林業で樹木を伐採する際に、一部の老齢木を残しておくなどの取り組みが必要だと考えられます。

用語解説

注1) 林冠 (forest canopy)

森林の上部の空間。人が到達することが難しく、未知の生物に富んだ生態系といわれている。

注2) 林冠土壌 (canopy soil)

樹上に堆積した落葉や落枝が分解されて生成される腐植物質を基盤とした土壌。鉱物を含まないが、土壌動物のすみかとなり、地表の土壌と類似する機能を有している。

注3) ツルグレン法 (Tullgren method)

土の中の小さな生き物を採集する手法。土壌を網目状の器に入れ、上部から熱や光を当てて中にいる生き物を下部に移動させ、採集する。

注4) COI領域 (Cytochrome oxidase subunit I)

動物細胞内のミトコンドリア中にある遺伝子で、塩基配列の多様性に富むことから、生物の同定や系統に関する研究に利用されている。各生物が有するCOI領域の配列の国際的なデータベースが整備されており、本研究では、このデータベースを用いて、科や目レベルでの同定を実施した。

注5) DNAメタバーコーディング解析

DNAの塩基配列情報を用いて生物の同定を行う技術。本研究ではツルグレン法で採集した複数の生物のDNAを分子実験で抽出し、それらの塩基配列をデータベースと照合することで同定した。

研究資金

本研究は、科研費による研究プロジェクト (20K06090) の一環として実施されました。また筑波大学自然保護寄附講座より助成を受けました。

掲載論文

タイトル

Legacy over a thousand years: Canopy soil of old-growth forest fosters rich and unique invertebrate diversity that is slow to recover from human disturbance
(1000年の時を超えた遺産:老齢林の林冠土壌は伐採後回復の難しい無脊椎動物の多様性の宝庫)

DOI

10.1016/j.biocon.2024.110520

著者

Ikuyo Saeki, Sho Hioki, Wakana A. Azuma, Noriyuki Osada, Shigeru Niwa, Aino T. Ota, Hiroaki Ishii

掲載誌

Biological Conservation

掲載日

2024年3月6日 (オンライン先行公開)

研究者

SDGs

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