受賞者
理学研究科 林祥介 教授
受賞日
2019年3月25日
受賞名
2019年度 日本気象学会 藤原賞
業績名
地球流体力学・惑星気象学の推進ならびに関連知見集積のための情報基盤の構築

概要

林教授は地球流体力学・惑星気象学の分野において、大気大循環モデルを用いた「水惑星」実験の提唱や流れの不安定問題の波動による解釈など世界を先導する研究業績をあげるとともに、同分野における科学的知見や研究推進に必要な計算機・情報関連の諸資源を、インターネット上に集積・開発する活動を長年にわたって提唱し主導してきた。また並行して、同分野の研究教育、情報交換のため研究会・セミナー等の場を立ち上げ、継続的に実施することで若手研究者の育成にも尽力してきた。

(以下気象学会のホームページ授賞理由より抜粋)

業績の第一は、全地球が海洋で覆われた「水惑星」設定での、大気大循環モデル ( G C M ) による数値実験の発案であり、本質的に非線形で数理的扱いが困難であった湿潤対流とその組織化に関する体系的研究を可能にしたこと (Hayashi and Sumi 1986) にある。数値的に得られた仮想大気のふるまいに熱帯湿潤対流の階層的構造に関する新発見 (スーパークラウドクラスター) を得、「ひまわり」による観測により現実の熱帯大気のふるまいにこれが確かめられた。「水惑星」実験はその後今日に至るまで気象学に基本テーマとなるとともにGCMの性能評価の一つとして定着するに至っている (「国際水惑星大気大循環モデル比較実験」(APE)、2013年の気象集誌特集号など)。

第二は、流体における波動伝播と不安定問題の統一的理解である。すなわち、従来、機械的に定義されてきた「基本場」と「擾乱」の区別、およびそのエネルギーや運動量に関して徹底的な再吟味を行うことにより、シアー不安定が複数の波の相互作用として解釈できることを明確に示した (Hayashi and Young 1987)。この研究で案出された枠組みは、明快かつ一貫した物理的構造を備え、かつ、多様な設定に適用可能であり、その後の研究に強力な指導原理を与えた。

これらに代表される研究業績をあげる一方で、地球流体力学の研究・教育の礎となる情報基盤の重要性をいち早く認識し、その基盤構築を企画・先導し、様々な活動を展開・深化させて来ている。1980年代終盤より志を同じくする研究者らと開発した可視化ライブラリは、日本の多くの気象学研究者に利用され、今日に至っている。さらにその後も、より柔軟なオブジェクト指向の解析可視化ライブラリの開発を強力に支援した。科学の第3のパラダイムの勃興ともいわれた、理論から数値実験・シミュレーションへの変化、あるいは科学的手法の拡大にあっては、検証可能性担保のために誰もが使え、追試計算できることの重要性を認識し、時代を先取りしてオープンソースの数値モデル群とライブラリの構築を主導した。多くの研究者の協力を得て開発されてきたソフトウェアはすべて、「地球流体電脳サーバ」で公開され、同分野の研究者に利用されてきた (「地球流体電脳倶楽部」)。さらに、地球流体力学・惑星科学に関する数多くのセミナーを企画・先導して、その資料をアーカイブ・公開している。従来、知の集積は論文や書籍によって実現されてきたが、それを補完するインターネット・情報化時代の「生きたサイエンス」の記録として大きな意味を持つ。

こういった地球流体力学及び情報基盤構築に関する深い洞察力に基づき、近年はより広く惑星の大気や内部流体の研究にも大きな貢献を果たしている。地球シミュレータや「京」などの最先端計算機資源で上記数値モデル群を駆使した大規模計算を通して、火星・金星・木星・系外惑星など多種多様な惑星における大気や内部コアの循環に関する研究 (Sugiyama et al. 2006; Sasaki et al. 2011; Nishizawa et al. 2016; Noda et al. 2017)を主導してきた。これらの研究を通して我が国における惑星大気・惑星内部研究に携わる多くの研究者を育成するとともに、神戸大学の惑星科学研究センター設立にも中心的な役割を果たした。現在では、ポスト「京」の重点的研究開発の萌芽的課題にも取組んでおり、次世代の地球流体力学・惑星大気数値シミュレーションの発展にも中心的な役割を果たしている。さらに、「あかつき」を始めとする惑星探査における観測的研究と理論的数値的研究を融合した研究を推進している (Nakamura et al. 2016;Kashimura et al. 2019)。

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