神戸大学大学院医学研究科の和氣弘明教授、システム情報学研究科の的場修 教授らの研究グループは、京都工芸繊維大学電気電子工学系の粟辻安浩教授、宇都宮大学オプティクス教育研究センターの早﨑芳夫教授らとの共同研究により、ホログラフィー※1技術を基に、神経細胞の3次元蛍光計測※2とその情報を用いて選択的に複数の細胞を同時光刺激することのできる、計測と刺激を一体化した新しい光インタフェイスとしての光学顕微鏡システムを開発しました。これにより失われた神経回路の再構築や高次脳機能の解明、植物細胞の光操作による増殖とそれによる食料開発などに向けて、神経科学分野や植物学の研究者に新しいツールを提供することができます。

 この研究成果は、11月1日発行の、アメリカ光学会発行の学術雑誌「Optics Letters」に掲載される予定です。

ポイント

  • 世界初となるホログラフィーによる3次元多点同時光刺激※3と高速スキャンレス蛍光3次元撮影の一体化システムの提案
  • 時空間4次元制御可能な細胞操作技術の神経科学及び植物学への応用が可能
  • 高機能光遺伝学 (オプトジェネティクス)※4による高次脳機能操作が可能
  • 植物細胞幹細胞化プロセスの解明と細胞増殖の光制御による食料増産などへの応用が可能

研究の背景

 2014年にノーベル化学賞を受賞した超解像光学顕微鏡技術に加えて、近年の光学技術の発達によって、細胞の超微細構造から生体中の細胞機能までの可視化が可能になっています。さらにこれらの計測した情報を基に、光遺伝学(オプトジェネティクス)的手法を用いた細胞機能操作法によって、細胞活動、シグナル伝達、遺伝子発現を光で操作して、細胞および細胞内小器官の構造変化、活動を制御することによる組織の変化を観察することが可能になっています。しかしながら、従来のオプトジェネティクスによる細胞活動操作に用いられてきた光刺激は、光源を直接もしくは光ファイバを介して照射しているため、遺伝的背景が同一の細胞集団活動を同時に誘導することにとどまっています。そのため細胞状態操作としては低いレベルとなっています。

研究の内容

 本研究では、光の3次元記録と再現を可能にするホログラフィー技術を基に、神経細胞の3次元蛍光計測とその情報を用いて選択的に複数の細胞を同時光刺激することのできる、計測と刺激を一体化した新しい光インタフェイスとしての光学顕微鏡システムを提案しました。この光学顕微鏡システムをSIFOM (3D Stimulation and Imaging-based Functional Optical Microscopy)と名付けています(図1)。


図1 SIFOMにおける3次元蛍光観察と3次元光刺激を組み合わせた細胞操作技術の概念

 これまでの光学顕微鏡は、細胞の構造観察を可能にした位相差顕微鏡をはじめとして、蛍光タンパク質で染色された細胞を観察する蛍光顕微鏡、3次元解像度と奥行き侵入長を改善した2光子励起顕微鏡、回折限界を超える解像度を実現した超解像顕微鏡と進展してきていますが、上述の顕微鏡は全て観察を主体とした計測装置にとどまっています。

 本研究で提案したSIFOMは細胞の3次元観察を基に細胞機能の光操作を3次元空間および時間軸の4次元で可能にします。その特徴として、ホログラフィーにより3次元的に複数の光スポットを形成し、同時に複数の細胞を刺激し、その光スポット照射により発生した3次元空間からの蛍光信号を一度の計測で観察可能なことが挙げられます。3次元の観察と刺激を同時に実現することができる技術を搭載した光学顕微鏡は世界初であり、生命科学分野において画期的なツールとしての利用が期待されます。

 本研究では特に、蛍光の3次元イメージングを実現するために、10マイクロメートル程度の大きさの細胞や蛍光ビーズからの蛍光を空間的に広げたのち、位相変調型空間光変調素子※5を用いて凸レンズと回折格子※6を重畳させた光学素子を通過させることで、非変調光と変調光の2つで干渉縞を形成します。この干渉縞をイメージセンサで記録し、計算機上で光波伝搬計算を実行することで3次元空間の再構成を行なうことを可能にしました。原理確認実験として、肺がん細胞および10マイクロメートル程度の大きさの蛍光ビーズを用いて、焦点位置から奥行き方向にデフォーカスさせた状態で蛍光ホログラムを記録し、細胞および蛍光ビーズを再構成することに成功しました(図2)。


図2 肺がん細胞の3次元計測結果;
(a) 2次元蛍光観察像
(b) 1個の細胞のみを抽出選択抽出し光刺激
(c) 80 m奥行きにデフォーカスさせた場合のホログラム像
(d) (c)の再生像
(e) (a)から2個の細胞を選択抽出し光刺激
(f) 80 m奥行きにデフォーカスさせた場合のホログラム像
(g) (f)の再生像(論文より引用)

今後の展開

 本開発技術は、これまで不可能であった3次元多点同時光刺激と高速スキャンレス撮影により、従来は観察できなかった極めて短い時間内に3次元空間で同時発生するイベントを取得することができます。神経科学分野や植物学の最先端研究では、光刺激による細胞操作の高次機能化に対する要望は高く、当該分野の研究者に本開発技術を利用したツールを提供することで多くの新しい知見を得られることが期待できます。さらに、3次元観察に基づく細胞操作技術を植物にも応用することで、植物細胞増殖、成長促進による食料や薬草の生産につなげるシステムなど広範囲の分野への応用展開が見込めます。

 今後の課題としては、本研究での原理確認実験では、同時に光刺激可能な細胞の数として高々5個の光刺激と観察にとどまっていることが挙げられます。この主な原因は、光刺激においては励起光パワーが不足していることにあります。2次元面での光刺激は100個以上を同時に行なうことが可能であり、今後は、2光子刺激を用いて刺激深さを数100 マイクロメートル程度まで拡張することを目指します。観察においては、生きたまま細胞を観察する上で蛍光強度に制限があるため、計測の高感度化が必須です。これらの課題を克服し、計測と刺激を一体化した新規光学顕微鏡システムとしての実用化を目指します。現時点で光学顕微鏡メーカーおよび空間光変調素子の開発会社と共同研究契約を結んでおり、実用化に向けた研究も推進しています。

用語解説

  • 1. ホログラフィー
     光は電磁波の仲間であり、光電場は振幅と位相で記述されます。この振幅と位相を記録する技術がホログラフィーです。光波の記録には、物体を通過または反射した物体光と基準となる参照光との干渉を用いて、光強度分布を光感光性フィルムやイメージセンサで記録します。再生時には記録時に用いた参照光をフィルムに照射することで元の物体光が再生されます。干渉強度分布をイメージセンサで記録して、計算機で光波の伝搬計算により元の物体光を復元する方法はディジタルホログラフィーと呼ばれ、計測分野に用いられています。
  • 2. 3次元蛍光計測
     蛍光はレーザー光とは異なり、空間的、時間的な干渉性が低い光です。ホログラフィーでは2つの光波の干渉が必要であることから、回折格子などを用いて蛍光自身の光から複数の光波に分割することで干渉を得て、3次元情報を取得する技術です。
  • 3. 3次元多点同時光刺激
     ホログラフィーでは振幅分布と位相分布を制御することで3次元空間内に複数の光スポットを形成することができます。これは複数のレンズを合成させた分布と等価です。このため、共焦点光学系とは異なり、単一光スポットを照射するだけでなく、一度に複数の細胞を光照射で刺激することが可能になります。
  • 4. 光遺伝学(オプトジェネティクス)
     光感受性のタンパク質を遺伝子導入することで、細胞を特定の波長の光で興奮または抑制状態を制御することができる手法です。特に神経科学分野で進展しており、従来の電気的手法に代わり、非侵襲性、広域性に優れています。
  • 5. 空間光変調素子
     光波を空間的に制御する装置のことで、光の強さ(振幅)と光波の進み具合(位相)を画素ごとに制御することができます。
  • 6. 回折格子
     周期的な振幅透過率分布や位相変調分布を光が通過または反射するときに、特定の角度をもつ方向をもつ光のみを生成することができます。

謝辞

 本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST) 研究領域「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」(研究総括: 影山 龍一郎)における研究開発課題「ホログラム光刺激による神経回路再編の人為的創出」(研究代表者:和氣弘明)、科学研究費補助金基盤研究(A)「非線形ホログラフィック並列細胞操作技術を備えた4次元マルチモーダル顕微鏡」の支援を受けて行なったものです。

論文情報

・タイトル
“3D Stimulation and Imaging-based Functional Optical Microscopy of Biological Cells”

・著者
Xiangyu Quan, Manoj Kumar, Osamu Matoba, Yasuhiro Awatsuji, Yoshio Hayasaki, Satoshi Hasegawa, and Hiroaki Wake

・掲載誌
Optics Letters

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