琉球大学・戦略的研究プロジェクトセンターの佐藤行人・特命講師、同大学院・医学研究科のトーマ・クラウディア・准教授、新潟大学・医学部保健学科のサトウ恵・助教、神戸大学大学院・人間発達環境学研究科の源利文・准教授らは、保菌動物の尿から川や土壌を経由してヒトに感染する病原体レプトスピラ (注1) について、河川の水から直接DNAを検出することに成功しました。さらに、レプトスピラと同時に出現する動物のDNAを分析することによって、レプトスピラの保菌動物の候補 (イノシシやオオコウモリなど) を推定できることを示しました。

ポイント

細胞内に見られるレプトスピラ
  • 水中に存在する「環境DNA」を分析する手法で、人獣共通感染症を起こす細菌レプトスピラのDNAを川の水から直接検出することに成功
  • さらに、動物に由来するDNAも同時に分析することで、レプトスピラの保菌動物候補 (イノシシ・オオコウモリなど) を推定できることを示した
  • 沖縄県だけでなく様々な国や地域に応用でき、予防方針を得ることに役立つ 

研究の内容

レプトスピラは、哺乳類を中心に多くの動物に感染する人獣共通感染症 (注2) の病原細菌です。保菌動物の尿から河川や土壌を経由してヒトに感染し、発熱や、時には重篤な腎障害などを引き起こします。しかし、レプトスピラは環境中での濃度が低くて検出が難く、また、環境サンプルから単離・培養をすることも比較的困難です。そのため、レプトスピラが野外でどのように分布し生息しているかについては、多くが未解明であり、レプトスピラ症の感染リスクを評価することも容易ではありませんでした。

そこでこの研究は、水中に存在する「環境DNA」(注3) に着目し、河川水から直接レプトスピラのDNAを検出することに成功しました。夏季 (7月~10月) にレプトスピラ症の発生が報告されている沖縄島の河川で採水を行い、ろ過により懸濁物を高度に濃縮してから (図1a)、DNAを抽出しました (図1b)。抽出された環境DNAから、レプトスピラが保有する遺伝子 (lipL32と16S rRNA)(注4,5) をPCR (注6) により増幅して、そのDNA配列を次世代シークエンサー (注7) という機器で大量解析しました (図1c)。

図1. レプトスピラDNA検出法の概要

(a) 500 mL の河川水をろ過して懸濁物を濃縮。
(b) ろ紙からDNAを抽出し、レプトスピラが保有するlipL32と16S rRNA遺伝子、動物のミトコンドリアDNAが保有する12S rRNA遺伝子、細菌全般が保有する16S rRNA-V4遺伝子をターゲットとしたPCR増幅を行う。
(c) 増幅したDNAを次世代シークエンサーで大量配列決定し、大型コンピュータで解析することで、配列が由来する生物 (レプトスピラ、動物、細菌の種) を特定。

その結果、病原性のLeptospira alstoniiや中間型のL. wolffiiなど6種のレプトスピラが検出され、そのDNA配列数が採水時の雨の量と有意に相関することも確かめられました (図2)。さらに、同じ環境DNAサンプルを用いて、レプトスピラと同時に出現する動物のDNAを分析したところ、レプトスピラの保菌動物であることが知られるイノシシやオオコウモリなど10種の動物を特定することが出来ました (図3)。これらの動物の中には、レプトスピラとの関係が不明瞭な底生魚類やイモリなども含まれています。これらは保菌動物ではなく、雨による濁流と相関して検出されたに過ぎない可能性があります。一方で、アフリカの一部地域ではウナギやナマズ類からレプトスピラの抗体が検出されたという報告もあるため、沖縄県でもこれらの魚類等を調査する必要はあるかもしれません。

図2. レプトスピラの環境DNA検出

縦の列は検出された6種のレプトスピラを表し、横の行は各採水サンプル (月あたり10個) を表す。色が濃いほど多くのレプトスピラDNA配列が検出されたことを表す。このDNA配列数は、河川水が含むレプトスピラの菌数に比例する数値だが、菌数そのものではない。雨量は気象庁データより。当該論文 Sato et al. (2019)に基づき作成。

図3. レプトスピラと有意に相関して検出された動物および環境因子

左から、レプトスピラとの相関が総合的に高い順に並んでいる。太字で示した「レプトスピラ」 (lipL32および16S) と近い位置にあり、それらとつながる線 (内部枝) が短い因子ほど、レプトスピラ検出との相関が強いことを示す。
(a) イノシシ、(b) 雨量、(c) シリケンイモリ、(d) ドジョウ、(e) マダラロリカリア (プレコ)、(f) ウナギ (種小名は不詳)、(g) クビワオオコウモリ、(h) オオウナギ、(i) イエガラス、(j) タウナギ、(k) ナガノゴリ。
樹形図の結節点に示された数値は、その分岐の確からしさ(%)を表す。当該論文 Sato et al. (2019)に基づき作成。

また本研究では、同じ手法で細菌類全般を対象としたDNA分析も行っており、河川水中でレプトスピラと同時に出現する12種の環境細菌を検出しています。その中には、実験下でレプトスピラと共にバイオフィルム(注8) を形成することが指摘されているSphingomonas類が含まれました。保菌動物から環境中へ排出されたレプトスピラは、他の共生細菌と共に凝集して環境中に存続し、雨や濁流などによって再び河川水中に拡がるということが推察されます。このように共生細菌の候補もDNA分析することで、野外でのレプトスピラの生息状況や生態について重要な情報や理解が得られていくと期待されます。

以上の研究結果から、レプトスピラ症の予防においては、雨による濁流が見られる川や、イノシシなどの野生哺乳類が生息する付近の水場や泥土を避けるのが望ましいということが示唆されます。また、この研究によって開発された、環境DNA分析に基づくレプトスピラの直接検出と保菌動物候補の推定方法は、沖縄県だけでなく様々な国や地域にも適用できます。レプトスピラ症が度々発生する地域において、その原因となるレプトスピラの種を検出・特定することに加えて、まだ報告されていない未知の保菌動物を探索すること、レプトスピラの生存に関与していると考えられる共生細菌を探索することにも応用できます。そのため本研究の成果は、レプトスピラ症の環境リスク評価、保菌動物の管理、衛生環境の改善などに役立てられることが期待されます。この研究は、琉球大学、新潟大学、神戸大学の研究者によって行われたもので、細菌学、DNA分析学、生命情報科学、生態学の専門家など様々な分野の研究者が共同研究することによって実現しました。

用語解説

(注1) レプトスピラ
らせん形の細長い細菌。20種ほどが知られており、病原性・中間型・非病原性に分けられる。病原性と中間型の種は、人獣共通感染症のレプトスピラ症を起こす。
(注2) 人獣共通感染症
ヒトと動物 (哺乳類・鳥類など) に、共通して感染する病原体によって発症する疾患 (病気) のこと。病原体となるものは、インフルエンザウィルスなどのほか細菌、真菌、原虫、寄生虫など多岐に渡る。
(注3) 環境DNA
河川水や土壌などの環境媒質中に微量に含まれる生物由来のDNA断片。主な由来は、付近に生息する生物の皮膚片や羽毛、粘液、細胞片、死骸などであると考えられている。
(注4) LipL32
病原性レプトスピラが共通して有する遺伝子で、細胞膜上タンパク質をコードする。
(注5) 16S rRNA
タンパク質の生成に関わるリボソームRNAの一部をコードする遺伝子。バクテリアなどの原核生物に広く共通する遺伝子であるため、その種判別に多用される。
(注6) PCR
ポリメラーゼ連鎖反応の略で、DNAの集合から既知の配列を持つ任意の領域を生化学的に増幅する方法。ごく少量の環境DNAサンプルから、多数のコピー配列を得て分析に使用することができる。
(注7) 次世代シークエンサー
数千万から数億個 (分子) のDNAについて、同時並列的に塩基配列を決定することができる機器。2004年ごろから普及し、現在は生物学で使われる重要テクノロジーの1つとなっている。
(注8) バイオフィルム
様々な細菌類が岩や泥などの表面で互いに付着・凝集して形成するシート状の構造物で、自然界の多くの場所に見られる。多種の微生物が相互作用しながら生存する場となる。

謝辞

本研究は、次の研究助成のもとで行われました: 沖縄感染症研究拠点形成促進プロジェクト「動物媒介性感染症対策の沖縄での施策提言とネットワーク形成に関する研究」、文部科学省・科学研究費補助金 (17K1929) 、および琉球大学・時空間ゲノミクスプロジェクト。また、琉球大学・研究基盤センターおよび戦略的研究プロジェクトセンターによる共同利用・共同研究の支援を受けました。ならびに、情報・システム研究機構・国立遺伝学研究所が有する遺伝研スーパーコンピュータシステムを利用しました。

論文情報

タイトル
Environmental DNA metabarcoding to detect pathogenic Leptospira and associated organisms in leptospirosis-endemic areas of Japan
(日本のレプトスピラ発生地域における病原性レプトスピラおよび関連生物の環境DNAメタバーコーディング検出)
DOI
10.1038/s41598-019-42978-1
著者
佐藤行人 (琉球大 戦略的研究プロジェクトセンター 特命講師)、水山克 (琉球大院 医学研究科 非常勤職員)、サトウ恵 (新潟大 医学部保健学科 助教)、源利文 (神戸大院 人間発達環境学研究科 准教授)、木村亮介 (琉球大院 医学研究科 准教授)、トーマ・クラウディア (琉球大院 医学研究科 准教授)
掲載誌
Scientific Reports

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