国立研究開発法人海洋研究開発機構 (以下「JAMSTEC」という。) 付加価値情報創生部門 数理科学・先端技術研究開発センター 細野 七月 特任技術研究員らは、現在の地球及び月を作った原因とされる、巨大衝突仮説と呼ばれる現象のコンピュータシミュレーションを行い、月が原始地球のマグマオーシャンと呼ばれるマグマの海から作られた可能性があることを突き止めました。

本成果は、英科学誌「Nature Geoscience」に4月29日付けで掲載されました。

神戸大学からは、理学研究科 惑星学専攻 牧野 淳一郎 教授、斎藤 貴之 准教授が本研究に参加しています。

発表のポイント

  • 現在の地球及び月を作った原因とされる、巨大衝突仮説と呼ばれる現象のコンピュータシミュレーションを行い、月が原始地球のマグマオーシャンと呼ばれるマグマの海から作られた可能性があることを突き止めた。
  • これまで、アポロ計画で月から持ち帰った岩石に含まれる様々な元素の同位体比測定結果は、巨大衝突仮説に基づく従来のシミュレーションの結果と矛盾することが指摘されていた。
  • 本成果は、大規模粒子計算法のためのコード開発の知見があって初めて成された物であり、今後は惑星科学分野のみならず、幅広い応用が防災・工学分野等において期待される。

概要

現在の地球と月は、46億年前に起きた、ふたつの天体の衝突である巨大衝突という現象によって作られたと考えられてきました。巨大衝突仮説は地球と月の様々な特徴を説明できるため、コンピュータシミュレーションにより様々な検証がなされてきました。しかしながら、アポロ計画で月から持ち帰った岩石に含まれる様々な元素の同位体比測定結果は、巨大衝突仮説に基づく従来のコンピュータシミュレーションの結果と矛盾することが指摘されてきました。

そこで本研究では、従来の標準的な巨大衝突仮説に基づくモデルを改良し、原始地球にマグマオーシャンがあるという仮定の下、巨大衝突のコンピュータシミュレーションを世界で初めて行いました (図1)。その結果、マグマオーシャンが月の形成に大きく寄与することで地球と月の同位体比問題が解決される可能性があることを示唆しました (図2、3)。

本研究には、文部科学省によりポスト「京」プロジェクト重点課題3において作られたシミュレーションプログラムを一部使用しました。本研究で使用されたプログラムは、月の形成のみならず、津波や土石流といった防災利用及び工学分野への応用も可能であり、様々な知見が得られることが期待されます。

背景

現在の地球には、月という衛星があります。現在の太陽系には地球の他に3つの岩石惑星 (水星、金星、火星) がありますが、月のような大きな衛星を持っているのは、現在のところ地球だけです。従って、この月は現在の地球ができあがる前に、なにか特別な現象によって形成された、と考えられています。

この特別な現象の候補として最も広く信じられているのが、巨大衝突仮説と呼ばれる仮説です。この仮説によると、今から46億年ほど前の地球に火星サイズの天体が衝突しました。この衝突のエネルギーにより岩石が蒸発し、地球の周りにばら撒かれます。そしてこのばら撒かれた岩石の蒸気(円盤)が、重力により集まり、地球の月になったと考えられています。

この仮説は今の地球と月の様々な特徴を説明できるため、月の生まれた原因として広く信じられてきました。そのため、コンピュータシミュレーションにより様々な検証がなされてきました。このコンピュータシミュレーションを行うための方法には、Smoothed Particle Hydrodynamics (SPH) 法と呼ばれる天文学で開発された方法が広く使われてきました。

一方で、標準的な巨大衝突仮説では説明できない観測結果が、最近報告されてきました。アポロ計画で月から持ち帰ってきた岩石に含まれる様々な元素の同位体比を調べると、地球のものとほぼ一致したのです。これは、つまり月を構成する岩石はもともと地球のものであったことを意味しますが、コンピュータシミュレーションによると月の材料は地球ではなく、むしろぶつかってきた側の天体になることが予想されてきました。このシミュレーションと同位体比観測の間の矛盾は、同位体比問題と呼ばれ、深刻な問題として扱われてきました。

そこで本研究グループは、この矛盾を解決するための要素としてマグマオーシャンを提案しました。マグマオーシャンとは、大昔の地球の表面を覆っていたとされるマグマの海のことを指します。液体の岩石は固体の岩石と性質が大きく異なるため、巨大衝突の結果もまた変わることが予想されました。

この液体の岩石の効果を加味した巨大衝突のコンピュータシミュレーションを、世界で初めて行いました (図1)。シミュレーションにおいては多くの粒子数を用いた計算、すなわち大規模計算を実施することが重要でした。そこで、本研究グループでは理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」を使用し、その上で効率的に粒子計算を実施できるように開発したソフトウェア「Framework for Developing Particle Simulator (以下「FDPS」という。)」を用いました。また、計算手法として、本研究グループらによって開発されたDensity Independent Smoothed Particle Hydrodynamics (以下「DISPH」という。) と呼ばれる従来の手法の改良版を用いています。

図1 巨大衝突の数値計算結果

赤が原始地球のマグマオーシャン由来の成分、オレンジがマグマオーシャンの下の固体岩石由来の成分、青は衝突した天体由来の成分。グレーのものは原始地球及び衝突した天体の金属のコアの成分である。

成果

本研究では、巨大衝突の直後に形成される月の材料となる円盤において、原始地球由来の物質がどの程度の割合になるか、またその割合がマグマオーシャンの有無によりどの程度変わるかに着目しました。そしてシミュレーションの結果、マグマオーシャンが衝突時の地球に存在している場合、主に地球のマグマオーシャンが円盤の形成に大きく寄与していることがわかりました (図2)。衝突後、地球の上に存在しているマグマオーシャンからマグマがジェットの様に吹き出します。この吹き出したマグマが、月の材料になる円盤になることで、原始地球由来の物質の割合が多い円盤ができあがります。一方、衝突した側の天体は、最初の衝突からしばらくした後に再び地球に衝突し、そのまま地球と合体します。

図2 月の材料になる物質の質量及び起源の時間進化

各バーの色は図1のものと同義。

図1のような計算を、様々な衝突角度及び速度で調べると、マグマオーシャンを加味することにより、月の材料となる円盤における原始地球由来の物質の割合が大きくなることが示されました (図3)。本結果は、原始地球に巨大衝突が起きた際、原始地球がマグマオーシャンを持っていれば、地球と月の同位体比問題を解決可能であることを示唆しています。

図3 様々な衝突角度及び衝突速度の計算を行い、その結果から得られた円盤の質量及び原始地球からの物質の割合を示したもの

赤はマグマオーシャンが存在する場合の計算結果で、青がマグマオーシャンの存在しない場合の計算結果。マグマオーシャンが存在する場合、できあがる円盤は70%以上が原始地球から作られることがほとんどであるが、マグマオーシャンが存在しない場合は、円盤の質量が重くなるにつれ原始地球からの物質の割合が低下する。

この研究結果は、液体の岩石の効果に加え、DISPH及びFDPS、更に重点課題3で取り組まれている粒子法コードの最適化技術が合わさった結果開発された大規模SPH法計算コードを用いることで初めて実行することができた計算になっています。

今後の展望

巨大衝突仮説は、現在の地球及び月を考える上で極めて重要な仮説であり、この仮説を元に地球のその後の熱進化などが考えられてきました。本研究の計算結果は、これまで考えられてきた初期地球とは違う結果をもたらすものです。これは、現在の地球がどのように形成されたかを知る上での、大きな手がかりとなるでしょう。また、巨大衝突仮説は原始地球のみならず、太陽系内の他の惑星にも起きたと考えられています。このような、「惑星の多様性」を説明する上でも、本研究の計算結果は示唆を与えることが期待されます。

天文学で開発されたSPH法をさらに改良した本粒子法コードは、ポスト「京」重点課題3で取り組んでいる津波遡上計算等の解析に非常に有用であり、工学的な応用にも資するコードとなっています。今後は本粒子法コードを用いた防災・工学への応用や、大規模なシミュレーションに必要なより低電力で動作する計算手法の開発などを進めて行く予定です。

論文情報

タイトル
Terrestrial magma ocean origin of the Moon
DOI
10.1038/s41561-019-0354-2
著者
細野 七月1,2、唐戸 俊一郎3、牧野 淳一郎4,2、斎藤 貴之4,5

  1. 海洋研究開発機構 付加価値情報創生部門 数理科学・先端技術研究開発センター
  2. 理化学研究所 計算科学研究センター
  3. Department of Geology and Geophysics, Yale University
  4. 神戸大学 大学院理学研究科 惑星学専攻
  5. 東京工業大学 地球生命研究所
掲載誌
Nature Geoscience

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研究者