海や川、池にどんな生物がどれくらい生息しているのか。絶滅危惧種の保護や漁場管理など様々な分野で基礎となるデータを集める生態調査は、多くの費用、時間を要していた。人間発達環境学研究科の源利文准教授は、水中に生物のDNAが浮遊していることを発見し、実際に生物を捕獲しなくても水中のDNAを調べるだけで、迅速・簡便に生物の存在を確認できる「環境DNA調査」の手法を確立した。一杯の水を汲むだけで、分布する生物の種類や大まかな量を把握できる調査手法は、水中生物研究に変革をもたらしつつある。広く他大学や研究機関の研究者にノウハウを伝授し、学界全体の発展にも貢献している。

 

河川の水を採取する源准教授

環境DNA調査のアイデアは、どういうきっかけで生まれたのですか。

源准教授:

2007年から京都の総合地球環境研究所でコイヘルペスウイルスの研究に取り組んでいました。コイヘルペスウイルスはDNAウイルスで、当時既に日本の河川の9割以上が汚染され、琵琶湖でも湖水1リットル当たり100万個以上が検出されたこともありました。ウイルス量から感染コイが何匹程度いるのか推定するために、1匹のコイが水中に放出するコイヘルペスウイルスの量を調べることにしました。水槽にコイ1匹を入れ、水中のDNA濃度を測定したら、予想以上にDNA量が多かったのです。「一体何のDNAだろう」と調べたら、ウイルスではなくコイのDNAでした。コイのように大きな生物のDNAが体外に出て、水中に存在することに気付いた瞬間でした。2008年ごろのことです。

水中にDNAが存在していること自体が新発見だったのですね。どのように研究を進めたのですか。

源准教授:

当時、「何か面白い現象を発見したのではないか」と興奮したことを覚えています。後で調べてみたら、フランスの研究チームがその年(2008年)に論文を発表していましたが、日本では私が最初ですね。同僚の魚類学者が「ひょっとすると魚の分布を推定できるのではないか」と言いだし、後は「やるだけだ!」と。その研究が今に至っています。

2009年に琵琶湖の伊庭内湖(東近江市)で採取した湖水中のDNAを調べたら、タナゴの仲間のカネヒラのDNAが大量に検出されました。私は知らなかったのですが、魚類学者によると「伊庭内湖にはカネヒラが多く生息しているはずだ」ということで、「これは行ける、環境DNAで生物分布を調べることが出来る」と確信しました。2009年、2010年とも追跡論文の発表はなく、私たちの研究チームは2011年に環境DNAの論文を学術誌でオンライン公開しました。

矢作川にて
カンボジアにて

学会での反響は大きかったでしょうね。

源准教授:

それが最初はまったく評価されませんでした。2011年3月に日本生態学会で初めて環境DNAについて発表しましたが、ほとんど関心を示してもらえず、知人の研究者たちは「源がおかしなことを言い出したぞ」という感じの反応でした。細胞の外に出たDNAは速やかに分解するというのが当時の常識で、水中に測定できるほどのDNAが存在するとは信じてもらえなかったのです。

DNAは4種類の塩基の組み合わせで、人間などの場合は30億の塩基対があります。従来のDNA研究では500~1000対の塩基を増やして行っていましたが、環境中にそれだけの長いDNAはあまりないのです。私たちは「リアルタイムPCR」という装置で100~150対の塩基を増幅して検出したので、環境DNAをとらえることが出来たのですが、最初はあまりにも想定外だったようです。

舞鶴湾での採取の様子

それは意外です。今では環境DNAによって生物の分布などを調べる研究が活発に行われていますね。

源准教授:

2011、2012年ごろから欧米でも環境DNAの研究論文が出始め、少しずつ関心が高まっていきました。2014年の生態学会で環境DNAに関する企画集会を開いたところ、かなりの出席者が集まり、質問も活発で、「これで認知された」と感じました。魚類だけでなく、水生昆虫や甲殻類、クラゲ、寄生虫なども検出できますし、水辺に集まる陸上動物の調査に応用した研究も発表されています。

現在、北海道から沖縄まで10以上の大学等の研究室が環境DNAに取り組んでいますが、最初は神戸大学から技術を提供していました。本学に来てもらって、DNA検出の方法を実際に見てもらいますが、一番注意しなければならないのが、コンタミネーション(実験汚染)です。PCRはDNAのある領域を何百万倍にも増やす技術で、分子生物学では一般的なものです。しかし、空気中などからDNAが混入したら、存在しないはずのDNAを検出してしまい、正確な結果は得られません。他の生物から隔離したスペースを実験室に複数確保して、DNAを検出することが大切です。そのようなノウハウを伝えています。

環境DNA研究は急速に発展、普及していますが、今後の目標は何ですか。

源准教授:

環境DNAが徐々に環境調査に使われるようになっていますが、まだ定着したとは言えません。国土交通省が実施している「河川水辺の国勢調査」など、行政が行う環境調査で環境DNAを標準化してもらうことを目指しています。実現すれば、大量のデータが集められ、生態学でビッグデータ解析が可能になると思います。環境DNAという「新しい道具」によって、例えばクロマグロの生息数やマイワシとカタクチイワシの魚種交替など、生物の生息状況の動態予測が可能になるかもしれません。どんどん予想外の活用方法が出てくることを期待しています。

生態学の重要な分野である感染症の生態学にも応用できると思います。東南アジアを中心に数千万人が苦しんでいる肝吸虫症は、肝吸虫という寄生虫を持つ魚を生で食べることで感染します。環境DNAによって肝吸虫が多いリスクエリアを特定し、予防に役立てることが出来るかもしれません。

特命助教だった2016年、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が科学技術に顕著な貢献をした研究者を表彰する「ナイスステップな研究者」に選ばれました。2017年10月に准教授に就任されるまで、任期付きのポストで研究してこられましたが、ご苦労はありませんでしたか。

源准教授:

大学院では魚の視物質遺伝子を研究し、博士号取得後のポスドク時代はホヤの体内時計の研究に取り組みました。どちらも研究室内のミクロな実験が中心だったので、フィールドでマクロな生物研究に取り組みたいという思いが強まりました。総合地球環境研究所が環境問題としての感染症の研究を行うと聞いて33歳で移りましたが、それまでにDNAの研究をしていたことが役立ちました。生態学者はDNAを扱うのが得意ではない人が多いのですが、私は研究の変遷があったからこそ、環境DNAの研究にたどり着けたと思います。ずっと同じ研究を追求した方が、より早く高いレベルに到達できたかもしれませんが、いろんな研究をやってきたことが良い経験になっています。

ただ、任期付きのポストでは結婚や子育てを躊躇するなど、人生設計に影響があるでしょうね。私は任期付きポストにいながら、結婚・子育てしてきましたが。

略歴

1992年3月岐阜県立岐阜高等学校卒業
1997年3月京都大学理学部(生物科学専攻)卒業
1999年3月京都大学大学院理学研究科博士前期課程 生物科学専攻修了 修士(理学)
2003年3月京都大学大学院理学研究科博士後期課程 生物科学専攻修了 博士(理学)
2003年4月京都大学生態学研究センター 研究機関研究員
2005年4月産業技術総合研究所 生物機能工学研究部門 特別研究員
2007年4月総合地球環境学研究所 プロジェクト上級研究員
2012年11月神戸大学大学院人間発達環境学研究科 特命助教
2017年10月神戸大学大学院人間発達環境学研究科 准教授

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