神戸大学大学院医学研究科病理学分野の博士課程大学院生の浦上聡氏 (同医学部附属病院消化器内科学分野・医員)、狛雄一朗准教授、横崎宏教授、及び同消化器内科学分野の児玉裕三教授らの研究グループは、早期食道扁平上皮癌においてマクロファージとの相互作用によってYKL-40/osteopontin-integrin β4-p70S6K経路が活性化していることを明らかにしました。さらには、integrin β4を高発現する早期食道扁平上皮癌症例は異時性再発を来たしやすいことを示した世界初の研究成果です。今後、早期食道扁平上皮癌の治療後再発を予測するバイオマーカーとしての発展が期待されます。

この研究成果は7月12日に、「The Journal of Pathology」に掲載されました。

ポイント

  • 早期食道扁平上皮癌においてマクロファージが浸潤していることを病理組織検体の免疫組織化学によって明らかにした
  • マクロファージと相互作用した食道上皮細胞ではYKL-40/osteopontin-integrin β4-p70S6K経路が活性化することを実験的に明らかにした
  • 早期食道扁平上皮癌でもYKL-40/osteopontin-integrin β4-p70S6K経路の活性化が観察され、特にintegrin β4を高発現する症例は再発率が高いことを明らかにした
  • 今後、癌細胞におけるintegrin β4発現が早期食道扁平上皮癌の病理診断や内視鏡的治療後の再発を予測するために有用なバイオマーカーになる可能性を示した研究成果である

研究の背景

食道扁平上皮癌は食道の上皮細胞由来の悪性腫瘍であり、生命予後の比較的悪い癌の一つです。その理由は、進行した段階では周囲の重要臓器への浸潤や他の臓器への転移のリスクが高いからです。一方、早期の段階で発見・治療すれば長期生存が得られることが知られていますが、治療した場所以外の食道に癌が再発する場合 (異時性再発) も少なくありません。つまり、食道扁平上皮癌の生命予後を改善するためには、早期の段階で発見するための病理診断に役立つバイオマーカーや、治療後の異時性再発のリスクを評価できるバイオマーカーの発見が必要です。

これまでに病理学分野では進行食道扁平上皮癌の進展にマクロファージが関与することを明らかにしてきましたが、早期食道扁平上皮癌を対象としてマクロファージの意義を解析した研究は世界的にもほとんどありませんでした。

今回われわれは早期食道扁平上皮癌の段階で既にマクロファージの浸潤が病理組織学的に観察されることに着目しました。なぜなら正常の食道上皮の中にはマクロファージの浸潤がほとんど見られないからです。そこで、早期食道扁平上皮癌におけるマクロファージの意義を解析するための培養実験モデルを構築し、得られた成果を実際の早期食道扁平上皮癌の病理組織検体を用いて検証することを試みました。

研究の内容

早期食道扁平上皮癌の病理組織検体を用いてマクロファージマーカーの免疫組織化学を施行しました。正常の食道上皮ではマクロファージの浸潤がほとんど見られないのに対して、早期食道扁平上皮癌ではマクロファージが浸潤していました (図1)。つまり、食道扁平上皮癌では早期の段階でマクロファージと上皮細胞との間に相互作用が存在する可能性が示唆されます。

図1 早期食道扁平上皮癌におけるマクロファージ浸潤

上段は正常食道上皮、下段は早期食道扁平上皮癌を示す。マクロファージマーカー (CD68, CD163, CD204) の免疫組織化学では、正常食道上皮と比べて早期食道扁平上皮癌において茶色に染色されるマクロファージの浸潤数が多い。

図2 マクロファージと食道上皮細胞の相互作用の模式図

マクロファージと食道上皮細胞の相互作用によって分泌の亢進するosteopontin (OPN) とYKL-40は、食道上皮細胞の細胞膜上のintegrin β4に結合してp70S6K経路を活性化することで増殖能や運動能を亢進させる。

そこで、食道上皮の培養細胞とマクロファージを共培養する培養実験モデルを構築したところ、マクロファージと共培養した食道上皮細胞はYKL-40/osteopontin-integrin β4-p70S6K経路の活性化を介して増殖能や運動能が亢進する事を見出しました (図2)。これらの分子の発現が早期食道扁平上皮癌でも見られることを病理組織検体の免疫組織化学によって確認しました。

このうち、特に早期食道扁平上皮癌におけるintegrin β4の発現は正常の食道上皮と比べて亢進し、この分子の発現強度と異時性再発の有無が有意に正の相関を示しました (図3)。つまり、内視鏡的治療で切除された病理組織検体でintegrin β4を高発現する症例は異時性再発のリスクが高いことが分かりました。

図3 早期食道扁平上皮癌におけるintegrin β4の発現と再発との関連

(A) 早期食道扁平上皮癌のintegrin β4に対する免疫組織化学。癌細胞で茶色に染色されるintegrin β4の発現は低発現 (左) と高発現 (右) の2群に分類される。
(B) integrin β4の発現強度と食道扁平上皮癌の異時性再発との関連をKaplan-Meier法で検討すると、integrin β4高発現症例は有意に累積無再発率が低い (すなわち再発率が高い)。

今後の展開

正常食道上皮に比べて早期食道扁平上皮癌でintegrin β4の発現が亢進していたことから、早期食道扁平上皮癌の病理診断にintegrin β4が有用である可能性が示唆されました。さらには、内視鏡的治療で切除された早期食道扁平上皮癌においてintegrin β4を高発現する症例は異時性再発が多かったことから、integrin β4は治療後再発を予測する有用なバイオマーカーとなる可能性があります。

用語解説

食道扁平上皮癌
食道癌の主要な組織型の1つで、日本人の食道癌の約9割を占める。
マクロファージ
白血球のうちの1つ。腫瘍促進に関与するものを特に腫瘍関連マクロファージという。
免疫組織化学
抗原抗体反応を用いて抗体の結合する分子を組織標本上で可視化する方法。一般的に茶色で発色させることが多い。
integrin (インテグリン)
細胞接着分子の1つで、主に細胞と細胞外基質の接着に関与する。α鎖とβ鎖からなる。

謝辞

本研究は下記の助成を受けたものです。

日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業:20K07373・22K06978、武田科学振興財団

論文情報

タイトル
Biological and clinical significance of the YKL-40/osteopontin–integrin β4–p70S6K axis induced by macrophages in early oesophageal squamous cell carcinoma
DOI
10.1002/path.6148
著者
Satoshi Urakami, Yu-ichiro Koma, Shuichi Tsukamoto, Yuki Azumi, Shoji Miyako, Yu Kitamura, Takayuki Kodama, Mari Nishio, Manabu Shigeoka, Hirofumi Abe, Yu Usami, Yuzo Kodama, Hiroshi Yokozaki
掲載誌
The Journal of Pathology

研究者