神戸大学は、研究成果から新たな分野の事業を創出する「大学発スタートアップ」の支援に力を入れています。2030年に向けた大学の長期ビジョン「KU VISION 2030」でも、起業教育から資金調達までの一貫したスタートアップ支援を掲げています。「バイオものづくり」など神戸大学が強みとする分野を中心に今、さまざまな事業が動き出しています。

今年2月末、神戸商工会議所が神戸・三宮で開催したイベント「神戸大学発スタートアップの魅力とビジネスチャンス」。産官学の関係者が詰めかけ、参加者は神戸大学発スタートアップ5社の発表に熱心に聞き入りました。

神戸大学発スタートアップの事業などが紹介されたイベント(神戸市中央区)

各社の事業は、ビフィズス菌を利用した経口ワクチン開発、涙による乳がん検査手法の開発、風力発電の風況調査を中心とするコンサルティング事業―など多彩。また、神戸大学発達科学部を卒業後、住友商事を経て、2015年に再生医療関連事業の「セルソース」(東京)を設立した裙本理人(つまもとまさと)・代表取締役CXO(最高変革責任者)の特別講演も行われました。

大学発スタートアップが注目される背景には、政府の方針もあります。2022年には「スタートアップ育成5か年計画」を決定し、経済産業省などがさまざまな支援策を打ち出しています。同省が毎年発表する「大学発ベンチャー数」は、2022年度調査で過去最高の3782社にのぼりました。神戸大学関連のベンチャーも現在、約60社にのぼり、年々増加しています。

神戸大学は2016年、アントレプレナーシップ(起業家精神)を備えた理系人材の育成を目指す大学院、科学技術イノベーション研究科を開設しました。2020年には、大学が100%出資し、産学連携や技術移転を推進する株式会社神戸大学イノベーション(KUI)を設立。さらに、KUIの子会社として設立された株式会社神戸大学キャピタル(KUC)が2023年、国立大学としては初めての民間資本による「神戸大学ファンド」(同年6月末でファンドサイズ22億円)を設け、各界から注目を集めています。

「バイオものづくり」などの分野が強み

神戸大学発のスタートアップをけん引する研究領域は、「バイオものづくり」「先端膜工学」「医工学」「健康長寿」「社会システムイノベーション」の5分野です。2020年に創業した株式会社バッカス・バイオイノベーション(代表取締役社長=近藤昭彦副学長、神戸市中央区)は、デジタル技術とバイオ技術の融合で多様な有用物質を創り出すスマートセル(物質を大量生産できるように遺伝子を変化させた細胞)の開発を手掛け、さまざまな企業と連携してバイオものづくりの社会実装に向けた取り組みを進めています。

蔭山広明教授

科学技術イノベーション研究科でアントレプレナーシップ講座を担当する蔭山広明教授(産官学連携本部・副本部長)は、神戸大学のスタートアップについて「自然科学や医学、生命科学などの分野に特徴があります。神戸市がポートアイランドで整備してきた『神戸医療産業都市』に多くの研究機関や企業が集積しており、地域社会との連携や交流ができていることも大きな強みです」と語ります。

2024年度からは、文部科学省が本学など12大学を選定した「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業」もスタートしました。この事業は、5年間で各校に最大55億円程度が助成され、神戸大学はバイオものづくりの卓越した基礎研究と社会実装を両輪として、世界的な共創研究拠点を形成する構想を掲げています。新規スタートアップ創出の加速化と地域の雇用増加も見込んでおり、ポートアイランドでは拠点となる施設の整備が着々と進んでいます。

本学は2020年度以降、公的資金(国立研究開発法人科学技術振興機構=JST)を原資としたGAPファンドプログラム(研究成果を事業化する際のギャップを埋める資金支援)の運営に加え、学内資金を原資に比較的少額の支援を行う独自のGAPファンドプログラム(通称、うりぼーFund)も設けています。これは、若手研究者や学生が事業化を積極的に進められるよう後押しするものです。また、授業でのアントレプレナーシップ教育だけでなく、2022年に誕生した学生の部活動「起業部」も人材育成の面で重要な役割を果たしています。

蔭山教授は「アントレプレナーシップは起業のみに焦点が当たりがちですが、広義にとらえると、自ら世の中を変えたいという志を持ち、行動に起こすことで、社会にインパクトを与えることであると思います。そのために、幅広い視野での教育、人材育成を進めていきたいと考えています」と強調します。

さらに、神戸大学が経済学や経営学、法学などの分野で多くの人材を輩出してきた歴史に触れ、「スタートアップの創出や成長には、こうした社会科学系分野の人材による支援が欠かせません。社会で活躍している卒業生や企業との連携をより強めることで、神戸全体の活性化にも寄与できるのではないかと思います」と今後の展望を語っています。

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